画期的なアイデアによって生み出されたビットコインであるが、その価格は不安定に変動し、普及に向けた課題も多い。現在広く流通するメジャーな現実貨幣と比較したとき、ビットコインは通貨としてどのような問題点を抱えているのか。また今後仮想通貨の普及が進んでいったとき、現実貨幣にどのような影響を及ぼすのか。こうした疑問について、今回は早稲田大学大学院商学研究科の岩村充教授にお話を伺った。
Q. 1 貨幣には大きく分けて、貨幣となっているモノ自体が価値を有する貨幣、すなわち実物貨幣と、価値が中央政府などの発行主体への信用に依存する貨幣、すなわち信用貨幣の二種類が存在します。しかし、ネット上の仮想通貨であるビットコインは現実世界において価値を持つようには見えませんし、中央機関による信用保証もありません。実物貨幣と信用貨幣の二分類において、ビットコインはどのように捉えるべき貨幣なのでしょうか。
ビットコインを実物貨幣と信用貨幣の2分類に当てはめるとすれば、実物貨幣に振り分けるのが正しいでしょう。
実物貨幣の代表格として、金貨が挙げられます。では金貨の持つ現実的な価値とは何なのか。それは、金貨の製錬に掛かった費用です。鋳造機の稼働コストや原料の金など、金貨の代替物となったものの価値が金貨の実際の価値に反映されている訳です。一方、仮想通貨であるビットコインにも、代替物は存在します。ビットコインはマイニング(採掘)と呼ばれる複雑なコンピュータ演算によって生み出されます。ですから、ビットコインを生産するためにはコンピュータを稼働させる電気代がコストとして必要となります。この電気代こそがビットコインの価値の源泉であり、ビットコインが実物貨幣に分類される理由となっています。
Q. 2 金本位制においては法定金平価が、現在の変動相場制においては政府の経済力や政治体制といった国家のファンダメンタルズが、各国通貨の価値を安定させるアンカー(錨)の役割を果たすとされています。では、投機的で不安定な価格の上下動を繰り返しているビットコインに、その価値を定めるアンカーのようなものは存在するのでしょうか。
貨幣の設計の仕方は色々あるのですが、1970年代の変動相場制移行以後の通貨については、概ねどの通貨も国に対する請求権への評価に結びついていると言えるでしょう。そして国に対する請求権というのは、基本的には国のファンダメンタルズに依存するでしょうから、変動相場制における各国通貨は国のファンダメンタルズに依存しているということが言えると思います。
一方、ビットコインというのは、そのような現実通貨の変動相場制とは全く異なる文脈から現れたものです。ここから先の説明には、ビットコインの技術的な仕組みに対する理解が必要になるので、やや難しくなります。
ビットコインの特色というのは、10分間毎にマイナー(採掘者)同士の競争があるということです。現在、10分間に25単位のビットコインが新しく作り出されています。マイナーたちは、マイニングという名の数学的問題への答えを見つけることでビットコインを受け取る訳ですが、その問題というのは、マイナーが多いほど難しくなります。そして、マイナーが集中し、問題がすっかり難しくなってしまった今では、問題を解決するために必要となるコンピュータの電気代も膨大になっています。膨大な電気代を掛けなければビットコインを入手できないとなれば、ビットコインの価格も高騰します。反対に、ビットコインの採掘から皆が撤退するような事態が起きれば、ビットコインの価格は下落します。ビットコインの価格が乱高下していることの根本的な理由は、この仕組みをどう見るかについての人々の期待の交錯にあると考えています。ビットコイン採掘への参入が活発化しそうだとの見方が強まれば、ビットコインの価格は上昇し、価格が上昇すれば実際に参入が起こります。一方、ビットコインの価格が下落すれば、採掘からどんどん退出が起こります。このように考えると、ビットコインの構造というのは元々価格を不安定にさせるように作られているということができるでしょう。
では何故このような価格を不安定にさせる仕組みとなったのか。貨幣一般における誤解として、「貨幣が大量に供給されれば値段が下がり、反対に供給が抑制されれば値段が上がる」というものがあります。ビットコインの理論を考案したのはサトシ・ナカモトという人物だとされていますが、彼のアイデアというのは「貨幣の供給量を固定していれば、貨幣の価値は安定する」というものでした。しかし先に説明したような、供給量を固定した採掘システムでは、貨幣の価値を安定させることができないのです。ビットコインの価格を安定させたければ、マイナーが参入に応じてビットコインの供給量も増大するような仕組みにしなければなりません。
以上のように、ビットコインの価格の不安定さは、その構造自体に起因するものですから、システムを根本から改変しない限り価格を安定させることは出来ないと考えています。先に述べたように、ビットコインの価値の源泉というのは採掘に掛かった電気代ですから、国力や課税制度、政治体制といった国家のファンダメンタルズに依存しません。このような特徴を持つ暗号通貨や仮想通貨自体については、私自身肯定的に捉えています。しかしビットコインに関しては、貨幣価値を安定させるために供給量を固定するという誤りを犯しているということです。もっとも、それがただのお気の毒な勘違いであったのか、はたまた予め仕組まれていたことなのかどうかは分かりません。マイニングへの参入が増加することで貨幣価値が上昇するのであれば、初期から採掘に参入していたマイナーは巨額の利益を上げられるわけですからね。
Q. 3 ビットコインは供給量を固定したことで、かえって価格の不安定化を招いたことが分かりました。その他にも、ビットコインが抱える制度・構造上の問題があればお聞かせください。
そうですね、例えば「ビットコインは非常に安い決済システムである」とよく言われます。確かに決済の場において私たちが支払う手数料は安い、というよりタダに近いのですが、果たして貨幣全体の制度として見た時、本当に安いと言えるのでしょうか。
何故ビットコインでの決済は安いのか、と問われると、「銀行のような仲介機関が存在しないので手数料が掛からないから」といった答えを挙げる人がよくいますが、それは誤りです。そもそもビットコインの取引は誰によって支えられているのでしょうか。ビットコイン取引における基本原理である「ブロックチェーンの一意性」をヒントにすると、答えは見えてきます。ビットコインの取引を支えているのは、ビットコインのシステムを動かし、維持しているコンピュータのユーザー、すなわちマイナーです。私たちがビットコインで決済するとき、マイナーはブロックチェーンを認証することによって、「この取引は正しい取引です。コインの二重使用はされていません。」と証明してくれているわけです。たまに手数料をとるケースもあるようですが、基本的にマイナーはこの仕事を我々からタダで引き受けてくれています。何故でしょう。それは、ブロックチェーンを認証することで、マイナーはビットコインを獲得することができるからです。
この仕組みについてもう少し詳しく見ていきましょう。現在、ビットコイン1単位当たりの価格は平均して400ドルです。また、ビットコインは10分間に25単位が採掘され、マイナーに支払われます。従って、(25×400=)10,000ドルに相当するビットコインが10分間で製造されるわけです。そして、1日に10分間は(60÷10×24=)144回訪れます。すると、マイナー全体としては、一日に144万ドルの供給を受けるわけです。マイニングというのは一種の産業ですから、業界全体としての一日当たりの総売上高は144万ドルということになりますね。一方、現在一日に行われるビットコインの取引件数は約7万件です。ですから単純計算でビットコイン1取引当たりに約20ドル(=144万÷7万)掛かる計算になります。金額として決して安くありません。しかしこれを取引の当事者が負担するわけではないですから、我々は安く感じるのです。ビットコインの価格は、ビットコイン1単位の採掘に掛かった電気代と見なすことができます。なぜなら、報酬であるビットコインの価格より電気代の方が高ければ、マイニングに参入する人などいませんし、ビットコインの価格が電気代より安いとなれば、参入が活発化してビットコイン価格は上昇するからです。すなわち、ビットコインの取引を1件行う毎に、20ドルの電気代が消費されているということです。そしてその電気代は、新しく生産されたビットコインの量が増えることによって賄われています。これを経済学ではキャピタライゼーションと呼びます。例えば、不動産がどんどん転売されていると、価格も上昇していきます。その時、個々の不動産会社は儲かっているのでしょうか。1億円で購入した不動産を1.5億円で売却できたとしても、収益の5000万円は事務経費や配当に充てられ、最終的な会社の収益はそれほど多くはありません。ビットコインもこのような構造で運営されています。問題はこれが永遠に続くかどうかということですが、長くは続かないでしょう。ビットコインの供給量は、長期的に見れば発行上限に近づくにつれてどんどん減っていくスケジュールになっていますからね(次頁図1)。ですから、その意味ではビットコインは不安定な構造を持っていると考えるべきです。
このような構造によって支えられたビットコインの取引を高いとみるか、安いとみるか。例えば、国内の銀行送金の手数料は200円ほどですよね。それに比べるとビットコインの取引は10倍ものコストが掛かっています。経済学者はこうしたコストが掛かっていることを、「社会的費用が高い」と言います。一方、国際送金の手数料の相場はおよそ3000円だそうですから、これと比較すれば安いですよね。ですから、ビットコインの取引は高いとも安いとも言えるわけです。私個人としては高いと思っています。しかし、ビットコインの価格が安定するように構造が改められれば、十分に安い決済システムになる可能性はあると考えます。もちろん現在の7万件/日の取引量では不十分ですが、例えばビットコインの取引量が70万件/日に増大すれば、1取引当たりのコストは2ドル/件になりますし、700万件/日なら20セント/件になります。このように取引量の増加によって1取引当たりのコストが減少すれば、ビットコインにも貨幣としての未来が開けてくるように思います。
考えてみれば、1取引に20ドルも掛かるような貨幣がメジャーになれる訳がありません。例えば、日本国内で1日当たりにどれ程の取引がなされているでしょうか? 仮にすべての取引がビットコイン化したと考えましょう。日本の人口は1.2億人、そのうち活発な商取引を行う人間は半数とみてよいでしょう。その人達は1日に5,6回の買い物をします。そうすると日本中で行われる商取引の件数は、大口・小口合わせても1億回/日は超えているとみて間違いありません。これで1取引20ドルは高いですよね。せいぜい1セント/件が良いところです。このように考えると、ビットコインが将来的に既存の通貨に取って代わることは不可能だと分かります。ビットコインが流通拡大するためには、利用者が現在の数百倍近くに増大する、或いはコインがより効率的に、大量に生産されるようになるといったプロセスを経なければなりません。しかし先に説明した通り、ビットコインは供給量が固定されている問題を抱えていますから、現状での普及は難しいということです。今後ビットコインが新たな通貨として台頭出来るかどうかは、設計や開発に携わる方々のアイデアに懸っているでしょう。
[図1]ビットコインの供給ペースは4年ごとに半減し、発行上限の2,100万枚に近づいてゆく
(出典) http://wedge.ismedia.jp/articles/-/3642?page=6
Q. 4 今後、ビットコインが抱えるような問題をすべて解決した理想的なクリプトカレンシー(仮想通貨・暗号通貨)が出現し台頭すると仮定したとき、既存の現実通貨に与える影響はどのようなものがあるでしょうか。
合理的に設計工夫されたクリプトカレンシーが出現し、現実通貨に取って代わるなどの影響を及ぼすこと自体については肯定的に捉えていますし、そのような通貨間競争は大いに歓迎します。なぜなら私自身、現在の中央銀行通貨にもっとしっかりして欲しいという思いがありますので。「例えビットコインが普及したとしても、ビットコインより信用されないような通貨になるなよ」と。現在はビットコインの価値をドルで測っていますけれども、ひょっとしたらドルの価値をビットコインで測る時代が来るかも知れないわけです。今のところはビットコインの価値がドルで測られ、その価格も乱高下していますから、ビットコインはドルと競争するレベルには到達していません。しかし、将来的にはビットコインのような仮想通貨がドルと競争する時代が訪れることを期待しています。というのも、私自身、通貨協調というものが嫌いだからです。例えば、メルセデス・ベンツとトヨタ自動車が協調するというニュースを聞いたら、あなた方は違和感を覚えますよね? 2つの自動車会社は互いにつるんで技術革新への努力を怠るのではないか、と。これと同じ話で、円とドルとユーロが互いに協調するという話を何故みなが歓迎するのか、私は理解できません。通貨というのは、互いに競争することで自由になれず、自由になれないからこそ自らの価値を高めようと努力するのです。それが経済学者ハイエクの主張した通貨間競争の本質です。現在はその真逆で、通貨当局同士が結託して通貨価値が下がる(インフレーション)ように努力すれば、皆がモノを買うだろう、景気が良くなるだろう、と考えられているのです。クリプトカレンシーにはこの状況を打破する可能性があると考えていますし、それが現実通貨にもたらす大きな影響であると思います。